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■ 「STARLIGHT IN DEEP SEA」

Author:Judge
『エロゲーは誰れのために』というサイトの更新履歴ページの名残です。

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さよならJ様スレ


 3/1に2chを見る機会があってその時に定例の更新確認をしたのだが、どうやらJ様スレが落ちたらしい。
 「J様スレ」とは、2chのエロゲネタ板に存在していた「私」のスレッドである。

 スレが立った当初はあっという間に落ちるだろうと思っていたのだが、その後の2chの衰退時期とも重なり(新たなスレが立つことが少なくなった分落ちなくなった)、結果として、8年10か月も続くことになってしまった。




 一番最初から話をしよう。もう既に何回も書いている私語りである。

平凡な人。
自分と他人の何が違うのかわからない。

 これは何かというと、2002年くらいの私のセルフイメージである。嘘ではない。この頃の私は、本気の本気で、自分がどこにでもいるごく普通のありふれた存在だと思っていたし、むしろそのことに悩んでいた。

 その頃、趣味の一つとしてエロゲに手を出し始めた。当時既に私はホームページを持っており、非18禁の作品に対する感想を記載していたのだが、そこにエロゲの感想が追加されていくことになった。一応非18禁のページとは区切ったが、単にディレクトリを一つ挟んだだけである。サイトの目的は自分向けの覚え書きであった。そして、アクセスはごく僅かのまま月日が流れた(当時、個人ホームページは検索エンジンにあまり乗ってこなかった)。
 2000年代初頭はまだ今ほどエロゲが世に浸透していた時代ではない。学生時代にオタ趣味に全く関心の無かった私の周りにエロゲーマーの友人は居なかったし、ネットにすらエロゲーマーは多くなかった。当時はまだSNSはおろかMixi、Blogですら存在しなかったことを忘れてはならない。

 2004年後半から、Blog(はてなダイアリー)に手を出すと、そこから急にアクセスが増えた。前年同月比10倍を超える状態が2年くらい続いた。
 しかし、私のエロゲ感想が他人に(多く)読まれるようになるまで2年ほどの間、私は誰の目も気にすることなく私の思うがままに感想を書いていたのである(この時点で既に100作くらいのエロゲを経験していた)。すなわち、自分の感想を書くスタイルがまとまるまでの間、私は誰にも影響を与えなかったし、他の人からの影響もほとんど受けていない(と思う)。繰り返すが、当時は今のようにエロゲーマーがそこらへんに溢れているような時代ではなかった。

 2004年からは、ErogameScape(以下、エロ助)へもぼちぼち投稿していた。基本的にサイトが本体(長文)で、エロ助はもっと他人の目を意識した場所という認識があったのは事実だ。そこに、投票機能が備わりユーザー毎の被投票数が見れるようになったことで、事態は尚更変わっていく。
 ある日気が付いたら(←本当)私のアカウントへの投票総数が全体2位になっていて(1位はもちろん9791氏だ)、「これはやばい」と感じたことを覚えている。

 そんなわけで、私はずっとサイトを我が家、エロ助は外向けの場としていたのだけど、他の人の目に付くのはやはりエロ助だったらしい。私のエロ助感想への投票は2005年秋頃にOFFにしたが、それでも色々な人の目に留まったらしい。

 繰り返すが、私は元々他人の目など気にせずに書いていた。特にサイトの方にはそういう意識すら無かった。つまらないと思うものには気が済むまでつまらないと書いた。それを躊躇う理由が無かった。そして、私の思うことは他人も同様に思うだろうという漠然としたイメージを無邪気に持っていた。その齟齬が一挙に噴き出したのがこの頃である。
 自分について、多少天邪鬼なところは自覚していたと思うが、他でもない2chで言われるまで「唯我独尊」というイメージは持っていなかった(後から思い返すと、そういえば学生時代にそう言われたことは何回かあったなあ)。私はこの頃まで自分を普通に普通の善人だと考えていたのである。

 最初は2chのエロ助スレから始まった。先に書いた通り私をエロ助のレビュアーとするのは本来お門違いなのであるが(レビューサイトスレで語るならともかく)、SNSがない当時、「無名」の人が何かを言ってそれを誰かに読んでもらう場は2chしか存在しなかった。当時エロ助で長文感想を書いていた人は、多かれ少なかれこのスレの対象となっている。エロ助を見ていた数多くの一般ユーザーが、匿名掲示板上で自分の思うがままに、エロ助で名を知られたユーザーのことを論じるようになった。
 もちろんそこには肯定もあったが、2chの色彩上、どうしても批判的なニュアンスは強くなった。肯定的な意見を述べる場は個人のサイトやBlog、あるいはエロ助のコメント機能など他にもあったが、一方的な不平不満を書き込む場は他に見当たらなかった。

 そこから派生して、私に対してアンチ的な人が2007年5月に立てたのがいわゆる「J様スレ」である。URLは貼らないし今更読まなくてよろしい。



 さて、前置きが長くなったが、この「J様スレ」が私に何をもたらしたか、である。
 たぶん、私の人生で最も多大な影響を与えた出来事ではなかったかと思う。

 実際に顔を合わさず、実名はおろかハンドルネームすら示さずに一方的に語る2chの場に存在するのは、紛れもない本心である。礼儀や愛想を取っ払った、心の奥底に近いものだ。
 人は実際に怒ってないのに怒りを示すことはないし、不快に思っていないのに罵倒することはない。負の感情に嘘はない。一方で、内心で怒っているのに外見では何食わぬ顔をしていたり、不快に思っていても罵倒しないことは可能である。世の中には、前者のケースよりも後者のケースの方がずっと多いということを知ることになった。

 もちろん、2chに存在していた私に対する罵倒が全て正しいとも思っていない。
 まず何より、一つのアカウントを固定して話している私に対して非遡及的な匿名で罵倒すること自体が卑怯だろう。彼らは反論されることを望んでいない(単に自分の不満を発散することが目的)ので、私は逆に彼らが最も嫌がるであろう「真正面から反論する」態度を取ったのだが、彼らの反応はただその態度をも嘲笑することであった。
 内容自体の誤読や、そこまではいかなくてもこちらから補足すれば済むであろう話も沢山あったが、そもそもの彼らの目的が議論でも認識の共有でもなかった。私はサイトにずっと掲示板を置いていたし、そこに寄せられたいかなる批判的なコメントにも(むしろ批判的なコメントであればあるほどきちんと)返していたつもりだが、彼らはずっと2chという匿名で言及できる(自分の姿を示さなくて済む)場での一方的なカキコに終始した。

 だが、そこに、私に対する「不満」があったことは紛れもない事実である。私は長年生きてきて初めて、人の心の奥底に封じられていた(負の)感情を目の当たりにしたのである。
 このことが私に与えた影響は甚大だ。まずサイトでの長文感想の作成を通じて私が他の人と同じことを感じているわけではないということは認識しつつあったわけだが、むしろ、考えていることの向きが通常(2chの人達が通常であるなら)とは異なることを悟った。先に述べた「自分と他人との違いがわからない」というセルフイメージは、一気に吹き飛んだ。
 そして、私が自分のイメージほど善人ではないことも悟った。感情的な罵倒に感情的に返した部分も無いわけではないし、そもそも自分にそれを招く素養があることも自覚した。

 この認識の差は大きい。今の私は、もはやアレと出逢わなかった頃の私には戻り得ないのである。
 だから、今の私はこうして2chと関わりを持ったことを「良い」「悪い」と判断する術を持たない。地球は唯一無二であり代わりもきかないから「良い」か「悪い」かを判断できない(判断しても意味がない)と考えるのと同様である。



 J様スレのログはこれからもずっと持っているだろうが、読み返すことはあるまい。そもそもあそこに書かれたことの殆どは1回しか読んでいない。何度もじっくり読むほど私の精神力は強くない。

 そこから多くの教訓は得たものの、私の中の変わっていない部分も多い。むしろ私は自分がネイティブな善人ではないことを認識してしまったので、善人っぽく振舞う必要もないんじゃないかと考えるようになったところが少なからずある。

 本来、このような文章は8年くらい前に書く(書ける)内容である。ただ、J様スレが健在の時に書きたくはなかったのでずっと待っていたら、今日になってしまった。
 Twitterの隆盛とともに2chが衰退してしまい、結果としてエロゲネタ板に新しい板が立たず、J様スレが落ちないという悪循環。その間に私の興味を惹くエロゲそのものが減少してしまい、近年はややあの業界を見放しつつある状況である。

 それに、今となってはこうした体験もそれほど珍しいものではないだろう。
 私がTwitterを始めた時の最初の感想は「これは記名式の2chだな」だった。記名式だから匿名掲示板ほどのキツい言い方は少ないが、自分の言いたいことを一方的に言える場としては変わりない。口調が多少柔らかくても、むしろ記名の人からリムーブやブロックを食らう方が一つ一つのダメージが大きいかもしれない。簡単に炎上もする。
 要は、キツさ(本音度)が若干和らいだとはいえ、今は多くの人がかつて私が2chで出逢った(出逢ってしまった)ような「人の剥き出しの本音」(特に批判的な感情)の存在と真っ向から向き合うことになってしまったのである。



 今はもう、何か特定の用がない限りは2chを見ていない。Twitterがあるのに2chを見る必要を感じない。記名で自分の人格でもっていくらでもツイートできるようになった時代に今更匿名のところへ閉じこもるのは、さらに輪をかけて不健全なような気がする。

 それでも、未だに2chを使っている人はいるらしい。先日、私の別のところの感想が2chにリンクを貼られたらしく、何件かアクセスがあって、そこから複数人を(おそらく)装った「自演」だとか「自己顕示欲」といったのコメントが飛んできて苦笑してしまった。私がなんで今更2chに自分の感想へのリンクを貼らなきゃならんのだ、2chに自演することで自己顕示欲が満たせるとでも思っているのか、私を誰だと思っているんだ(J様だぞ)、と。
 あれから時が経ったこともあり、腹立ちもさておき、微笑ましさというか懐かしさも感じてしまった。
 
 今の私にとっての欲望は、私の感じたことについて、他人が本当の本心から辿り着いた結果として共感に至ることであって、ただ他人の感想が自分の感想の方向性(好き/嫌いの向き)と近いというだけでは満たされない。特に、私が何か言ったのを見た人が私と同様に賞賛または否定した場合、私の心に湧き上がるのは、喜びよりも(単なる私の影響・トレースではないかという)疑念である。
 方向性が多少似ていても、細かい要素まで切り刻んでいけば、まず間違いなく差異が見付かる。今の私には、2002年頃のセルフイメージとは真逆の、「自分の考えていることと他人が考えていることが完全に一致することはまず無い」という認識がある。それは別に一匹狼を気取るとか目指すのではなくて、それだけ自分の感想の要素を切り刻むことができるようになったというだけの話だと思う。
 私にだって他人と共感したいという欲望はあるのだ。ただ、求める共感のレベルが昔よりずっと深くなったというだけで。



 余談だが、この間のエロゲ関係者のこういうコメントには驚いた。

ぬまきち氏コメント
すかぢ氏コメント 

 確かにいくらなんでも2chでのエロゲ関係の論者への罵倒は過激だなと思っていたが、まさか本当に業界で自演をしていた人がいる(らしい)とは思ってもみなかった。

 褒めると「自演」と言われる理由が正直ずっとわからなかったのは事実。いやいや、そんな自演をしたところでかえって自分が惨めになるだけでしょ?みたいな気がして。でも、明確に「自演をしている人が存在する」という確信が根底にあった上での話だとすれば、まだわからなくもない。
 また、否定的な感想を書くと書いた人の人格まで(人格へ)攻撃してくることもよくあったわけだけど、業界人にとっては収入に直結するわけで、そういう意図からああいうこと(の一部)が行われていたのであれば、その筆者の存在を消してしまえというやり方にも、彼らなりの合理性があるということか(許しはしないけど)。


思ったこと | 20:00:00
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